オイルショックと社会福祉政策の見直し 福祉元年から日本型福祉社会へ

斉藤みちる


オイルショックと人々

 

昭和48年(1973年)は福祉元年と言われ、高度経済成長を背景に各種社会手当の引き上げなど、いよいよ社会福祉への配分が増える兆しがみえたのでした。ところが、ニクソンショックの影響も残る中、福祉元年の同年に起きたオイルショックはそれを一転させ、「社会福祉の見直し」へと政府を動かしました。

 

オイルショックと社会福祉見直し

それまでの社会福祉は「経済成長なくして福祉なし」という考え方のもとに拡充されてきましたが、経済成長が確保されない時代に入り、成長を前提とする社会福祉のあり方を打破しなければ、社会福祉の真の確立も進展もない、という局面を迎えていました。

 

「低成長下における社会福祉のあり方」(全国社会福祉協議会、1976年)という社会福祉懇談会の報告は、施設中心からコミュニティ・ケアへの移行、ボランティア活動の推進など、地域のサービスを低コストでの供給と、指針を示し、行政の支持を受けました。

 

また、政府は 昭和54年(1979年)の「新経済社会7ヶ年計画」の中で「日本型福祉社会」を提案します。これは、個人の自助努力ならびに家族や親族による相互扶助を重視し、社会福祉への歳出抑制、受益者負担の強化、民間施設への委託、補助金の削減などを積極的に進めるというものでした。社会福祉のあり方を根本から変更する内容を多く含んでいるものでした。この提案は、一部の反論を招きながらも、次々と実施に移されていきました。

 

オイルショック後の財政

 オイルショックによる原油高騰は日本経済に深刻な影響を与え、戦後初めてのマイナス成長を経験することとなりました。

 

昭和48(1973)年度の予算編成では、対前年度比37.4%という税収増に恵まれましたが、昭和49(1974)年度では、12.6%の税収増となり、昭和50(1975)年度にはマイナス9.1%に落ち込んだのでした。これに対して社会保障支出は、1974年度、1975年度ともに対前年度比35%を超えました。1970年代後半には、国債発行額が10兆円を超え、国債依存度が30%を超えました。深刻な赤字財政に対しては、財界や大蔵省(現財務省)から「増税なき財政再建」が主張され、そのための財政支出見直しが迫られることとなります。

 

 

 

 斉藤みちる プロフィール

社会活動家/「みんなの社会科」管理人

その傍らオラクルカードを中心とした占いもしております。ヒット記事『陸上自衛隊レンジャー訓練』。福祉力検定3級。

Twitter @tikyuuhattenn