三丁目の夕日に見る「昔は良かった」の正体

斉藤みちる


ALWAYS三丁目の夕日

 

「人と人の絆が深く暖かい人情に溢れていた」「貧しくても夢や希望に満ち溢れていた」「みんな目がキラキラしていた」。そんな“日本の美しき時代”としてなにかと回顧される昭和30年代の東京の下町を舞台とし、夕日町三丁目に暮らす人々の暖かな交流を描くドラマに仕上がった 映画『ALWAYS三丁目の夕日』。

 

当時の商店街を再現したテーマパークや、映画のヒットもあり、リアルタイム経験者である高齢者や中年層のみならず、若者のあいだでも昭和30年代は「世知辛い現在とは違って、輝かしい日本の良い時代」として憧れる人が多いようです。しかし、そんな夕焼けを家族で肩を組んで眺めるような光景は幻想にすぎず、実は昭和30年代はめちゃくちゃ怖い時代だったとか、真実はどうだったのでしょうか。

 

事情に詳しい著名人の言葉を織りまぜながら、その謎に迫る。

 

佐々木俊尚さんは『21世紀の自由論「優しいリアリズム」の時代へ』で、「昔にもどれ」という考えについてこう述べています。

 

 安倍晋三首相は、二〇〇六年に出た『美しい国へ』という著書で映画『ALWAYS三丁目の夕日』を紹介している。

 「この映画は、昭和三十三年という時代を記憶している人達だけではなく、そんな時代を知るはずのない若者たちにも絶賛された。今の時代に忘れられがちな家族の情愛や、人と人のあたたかいつながりが、世代を超え、時代を超えて見るものに訴えかけてきたからだった」

 昭和三十三年、一九五八年という年は高度経済成長がスタートしていた時期で、二年前には経済白書が「もはや戦後ではない」とうたっている。戦後の焼け跡から脱し、たしかに日本には明るい未来が待ち受けていた。

 しかし暗い影も、日本社会を覆っていた。貧富の差は、都市と地方で終戦直後よりも拡大した。農村では子供たちは満足に学校にも行けず、労働力としてこき使われた。

(中略)殺人事件の認知件数がもっとも多かったのは、『三丁目の夕日』の四年前、昭和二十九年だ。この年、殺人は三千八十一件もあった。いまは千二百件にまで減っている。

出典 21世紀の自由論「優しいリアリズム」の時代へ 佐々木俊尚著 P4345

 

佐々木さんは、「この時代のどこが「忘れられがちな家族の情愛や、人と人とのあたたかいつながり」だったと言えるだろうか?」と疑問を呈します。これは単なる記憶のノスタルジーでしかなく、政治的に現実社会に反映させるほどの説得力のある論ではないからです。

 

こういう「昔は良かった」は、安倍首相だけではなく、保守層には一般的な考え方です。

 

モーリー・ロバートソン チャンネルで放送されたニコニコ生放送「高橋ヨシキ×モーリー フォースと悪魔主義の覚醒」で、モーリー・ロバートソンさんは、「下に向かう人たちを救って、下を上げる」ということをやって日本は平均化してきた。つまり「目的が見つからないとか、エネルギーが低いとか、スキルを磨く意欲がないだとか、ぼんやりしている人たちに、役割を与え、パートナーを見つけるのもやり手ばあさんがお見合いさせたりとかして、社会の枠組みで、なんとなく下に下がってくる人たちを救って長屋みたいに世話やきがいて、なんとかうまくいくシステムを日本は長らく作ってきたと思うんですよ」と述べたところ、高橋ヨシキさんは「ほんとにそうかなぁ?」と強烈なカウンターアタック。

 

「俺それぜんぜん嘘だと思うな」それに対して「寅さんとか」とモーリー。「寅さんとかホントのわけないじゃん。(中略)昔から、どんどんそういうことで追い詰められて借金重ねて貧乏になってアル中になって死ぬような人なんていっくらでもいたし、全部そうですよ。いっつもその辺の真ん中っていう幻想の、本来ありえない、なんかよさげなものの話してるだけで全部嘘で昔からそうだし今でもそうだよ」とヨシキさんは述べました。ただ、データもありますし中産階級の人たちが居なかったわけではないと思われますが。

 

つづけてモーリーさんが『三丁目の夕日』を例に出して「今懐かしがっている人がいっぱいいるんですよ」と、それにヨシキさんは「三丁目の夕日んときだってさ、はっきり言ってさ、最悪ですよ。少年犯罪はうなぎ登りだし、傷痍軍人のあらし、三丁目の夕日ってのはさ、子供のときだってすごい傷痍軍人いたからさ実は、新宿駅の西口と東口の間の地下道の辺に超いてさ、おもしろかったからよく見てたらお母さんに怒られたりしたんだけど、手がメカでカッコいいなとか思って見てたんだよね(中略)(三丁目の夕日には)傷痍軍人は当然出るよなって思ってたら、一個も出てこないの、え!?どういうことなの」

 

昭和より昔でも「昔の祭りは乱交パーティーだった」「夜這いが当たり前の文化だった」「旅人に新しい血が欲しいといって嫁(娘)を抱かせる(夜伽)ことが平然と行われていた」と、今の保守の人が聞いたら卒倒しそうなことが、昔の日本には満載でした。武家の間では、位の高い武士を家に迎えた下級武士にとっては、一夜の相手として妻を差し出すことが最大のもてなしだったりします。古き良き伝統や習慣を守ろうとすること。この背景には明治維新後、この庶民文化が、新政府の欧米化政策により都合が悪くなり、文化の途絶があったことが起因しているのです。

 

諸外国と対等に付き合いたい明治政府とすれば、性意識においておおらかな日本が性に関して特に、厳格だったヴィクトリア朝時代の欧米の物差しで計られて「野蛮・卑猥」と評されかねませんでした。

 

そこで、外聞に拘る「臭いものにはフタという文化」が増長され、改ざんと隠匿が恒常的に為される社会が膨らんで、本来人の範たるべき政治家や官僚、検察・警察、学者・教師、または宗教家に到るまで、「恥の文化」ではなく「恥に蓋をする文化」が横行し、「セックスは秘するもの」という考えが浸透したのを始め、あらゆる古来からの文化・風習が「ないもの」とされてしまったのです。

 

そもそも、保守思想というのは、守るべき伝統を破壊するような勢力が現れたことを前提にしています。そのような伝統破壊者から古き良き伝統を守る、というのが保守思想の出発点だったのですが、「疑問を感じてはいけない。従うのだ。我々はこれを守らなければならない。」と、信じたら一筋なのです。

 

また、保守は常識に沿って行動するという側面ももちますが、常識を大事にするあまり、それが古くからあるなどと、勘違いした日本史に基づいて活動するのだけは勘弁していただきたいところです。漫画でしょ?

 

 

 

 斉藤みちる プロフィール

社会活動家/「みんなの社会科」管理人

その傍らオラクルカードを中心とした占いもしております。ヒット記事『陸上自衛隊レンジャー訓練』。福祉力検定3級。

Twitter @tikyuuhattenn