児童虐待事件簿 子どもを愛せない親たち

田中伸暁


児童虐待事件の新聞記事

 

悲惨で嘆かわしい児童虐待。児童虐待防止法が施行されて15年以上たつのに、歯止めになるどころか年々増加傾向にある。

 

 

児童相談所での児童虐待相談件数

児童相談所対応件数の推移
厚生労働省Webサイトより

 

児童虐待の相談件数はずっと右肩上がりの傾向で推移している。

 

統計を開始した平成2年では1101件だったのが、平成24年には66807件と、60倍にも増えている。通告制度によって通報件数が増えたのか、虐待事案そのものが増加したのか、そのあたりの実態は不透明だが、現実に少なくとも一年間で6000件以上の児童虐待が発生している事実は重いと言わざるを得ない。

 

 

どんな虐待が起きているのか。最近発生した児童虐待事件の例をいくつか紹介したい。

 

「滋賀次女虐待事件」

平成25年の11月中旬から26年の3月下旬ごろ、自宅で当時1歳だった次女の足や背中を殴るけるなどした疑いでパート従業員の女(41)が逮捕された。次女は26年3月に気管支炎で死亡した。遺体には骨折ややけどのあとがあったことから病院が警察に通報し、虐待の事実が発覚した。

 

「大阪茨木長女ネグレクト死亡事件」

平成26年大阪市茨木市で、義父(22)と母親(19)が3歳の長女を衰弱死させた事件。長女は難病を抱えていて、遺体発見時は髪の毛が抜け落ち、やせ細った状態だった。遺体解剖の結果、胃袋の中からはアルミ缶や蠟燭のロウ、玉ねぎの皮が検出され、近くにあるものを手あたり次第口に運ぶほど空腹状態だったと思われる。

それだけでなく、顔面には殴られた後のような打撲根があり、くも膜下出血も確認された。

 

「大阪狭山長男暴行事件」

平成27年の8月頃、生後5か月の長男に暴行を加えたとして、飲食店店員の母親(23)が逮捕された。長男は頭部の全治7ヵ月の脳挫傷と外傷性くも膜下出血の重傷を負ったほか、鼻の付近にあざがあった。専門家の調べでは、長男は頭を揺さぶられたり、投げつけられたりした疑いが強いとのこと。

児童相談所によると、事件発覚前に長男の虐待に関する届け出はなかったという。

 

「埼玉狭山長女虐待死事件」

平成2819日、埼玉県の狭山市のマンションで3歳の長女が遺体で発見された。警察は保護責任者遺棄の容疑で母親(22)と内縁の夫(24)を逮捕。遺体で見つかった長女の顔には全体的にやけどの痕があり、そのほか体のあちこちから傷跡が見つかった。長女は日常的に暴行を受けていたと見られる。

子どもたちや、虐待に手を染める親たちを孤立させないためにも、みんなでこの問題に関し共有意識を育てる必要が問われている。

 

 

滋賀県の虐待事件を除く3件の親はいずれも2224歳と若い。厚生労働省がまとめた『子ども虐待対応の手引き』では、児童虐待が起こるリスク要因として、「保護者の年齢が若い、または精神的に未熟な場合」と、未熟な親が我が子を虐待する事態に陥りやすいリスクを指摘している。

 

また大阪茨木の事件では、児童虐待をいち早く知らせる通告制度が浸透していない課題を浮き彫りにした。

 

産経新聞の記事によると、大阪茨木で長女が死亡した事件では、長女が虐待される現場を見たという証言が複数あるにも関わらず、虐待を疑う情報が保健所に寄せられたのは一件のみ。取材に対し住民は通報して仕返しをされるのが怖かった」と答えている。

 

虐待する親を通報したからといって、その事実が公にされることはまずない。情報を寄せた住民の個人情報は守られると、児童虐待防止法にはその旨がきちんと規定されている。

 

同じ産経の記事の中で、児童虐待問題に詳しい関西大学の才村純教授は、こう指摘している。「『通告』という言葉がネガティブに聞こえるなら『相談』に置き換えるなど啓発しやすい工夫が必要だ」

 

確かに、『通告』では、『密告』のような響きがあり、若干の後ろめたさを覚えるかもしれない。『相談』でもいいが、『SOS』や『救援』など、発見者が子どもと同じ立場にたって助けを求めるような五感のある言葉でもいいのではないか。

 

このような事件が起きても、「ああまたか」と終わるのが世間というもの。どんなに悲惨な事件が発生し、新聞やテレビなどの報道で流れても、次から次へと同じような事件が消費されていくため、子供たちのこのような悲惨な現実は忘れ去られ、顧みられなくなってしまう。

 

児童虐待事件は、それだけ見れば一つの事件かもしれない。しかし、児童虐待を全体として捉えてみれば、それは日本社会が抱える病の象徴といえなくもない。

 

家族の絆の崩壊、個人主義の蔓延、他者の痛みや不幸に対する無関心……。そのどれもが児童虐待が増え続ける根底に存在しているような気がしてならない。

 

我が子に愛情を注げない親の急増は、「児童虐待」という単眼で見るのでなく、その他の様々な社会問題と絡み合わせて複眼的に見ていく必要がある。

 

 

 

□田中伸暁

政治・歴史・文化・社会問題を中心にライター活動しています

Twitter castlems91  

ブログ かわせみブログ