汝、徹せり

高城由良


達磨図 白隠筆
出典http://rupe.exblog.jp/tags/%E9%81%94%E7%A3%A8/

 

 白隠慧鶴(はくいんえかく)は大変頭の良い禅僧であった。様々な寺を巡っては、そこの僧侶達と禅問答を行い、いずれも打ち勝つほどの知識を持っていたのだった。

 ついに慧鶴は道鏡慧端(どうきょうえたん)和尚のいる正受庵に赴いた。この正受庵は臨済宗の最高峰と言われ、道鏡慧端和尚もまた、真田幸村の子孫であると言われる誉れ高い人であった。

 しかし、慧鶴はこの正受庵に来てからというもの、何とも納得のいく学をなせていない心地でいた。

 正受庵を初めて訪れた時のこと、和尚との問答を心待ちにしていた慧鶴は幾度も和尚に問いをかけた。しかし、和尚は何も答えずこちらに背を向けて座してるのみだったのだ。

 腹が立った慧鶴は和尚に向け一喝をしたものの、和尚は振り向くことは無かった。

「それはお主が学んだものか、見たものか」

「見たものである」

 ようやく口を開いた和尚に、慧鶴は得たりと見得を切った。

 今まで問答で負け無しだった慧鶴である。この時もまた、和尚をやり込めた気持ちでいたのだ。しかし、事は慧鶴の思う通りには運ばなかった。

「ならば吐き出せ。見てきたものを全て吐き出せ」

 これに慧鶴は言葉を失った。自分は禅の極意を見てきたと答えてしまったのだ。口をついて言葉が出ないことは、まだ真に悟りを得ていないことを示していた。

「よいか。お主のような若き穴蔵禅の坊主は何も分かっておらん糞坊主じゃ。一人で分かった気になっておるだけのこと。ここでしばらく行に励め」

 こうして、慧鶴は正受庵で修行をすることになったのだった。

 しかしそれからというもの、慧鶴は和尚に講義の場に呼ばれることもなく、作務をこなすだけの日々が続いた。些細な事で、叱られ、怒鳴られ、慧鶴はこの正受庵での修行に不満を持ち始めていたのだった。

 

 その日、慧鶴は修行の一環で托鉢に出ていた。

 とある家の門前にさしかかり、今日はここで経を唱えようと、慧鶴は立ち止まった。家の門前に立ち経を唱える慧鶴は、しかし呆然とただ経を詠んでいるだけに過ぎなかった。

 どうしても和尚の言った「行に励め」という意味が分からず、ずっと頭の片隅に残っていたのだ。

 なぜ講義に呼んでもらえないのか。なぜ作務の際に些細なことでさえ叱られ、怒鳴られるのか。なぜ問答には答えてもらえないのか。

 頭の中には、多くの疑問が浮かぶものの、その答えは全くと言っていいほど見つけられなかった。それでもなお、己の口は経を澱みなく吐き出すのは、やはり悟りを得ているからではないのだろうか。慧鶴がそう考えた時だった。

「わざわざ出てきたのに無視をするとは何事か!」

 慧鶴のすぐそばで老婆が怒鳴る声がした。そこでようやく、慧鶴は老婆が自分を待っていることに気づいたのだ。

 自分が己のことに捕らわれ、周りに目が行っていなかったことを慧鶴は痛感した。

 それでも老婆は怒りが収まらない様子で、持っていた杖を振り上げた。

「無視するくらいならば、ここからさっさと消えちまえ!」

 老婆は慧鶴の腰を打ち据えて、門前から追い払おうとしている。慧鶴は自分の浅はかさを知り、抵抗することなく門前を去っていった。

 正受庵に帰るまでの間、慧鶴は先程の老婆を思い出していた。

 老婆の怒りが慧鶴に一つの気づきを与えたのである。

 先ほどの托鉢中に、自分は己のことばかりを考えていた。自分が今まで負け無しだった問答になぜ和尚が答えないのか。なぜ講義にも呼ばれないのか。そうした、自分のことに対する疑問で頭がいっぱいであったことを初めて自覚した瞬間でもあった。

 それを破ったのはあの老婆の怒りである。

 自分は己のことでいっぱいで老婆が近づいて来ていたことにも気づかなかったのだ。しかし、老婆が怒りを露わにしたことによって、自分は一人で生きているのではなく、周囲の関係の中で生かされている存在なのではないかという思いに至った。

この気付きこそまさに、学んだものではなく、自分で見て得たものだったのである。

 慧鶴はこれまでのもやもやとしていた心に一筋の光が差した気がしていた。

 清々しい気持ちのまま正受庵に戻れば、そこには和尚の姿が見える。

「和尚!」

 慧鶴の呼びかけにこちらを振り返った和尚は穏やかな顔をしていた。

「汝、徹せり」

 慧鶴の話を聞かずに発せられた和尚の言葉は、この気付きを忘れず、心に留め置き、つらぬけという激励の言葉であった。

 これを機に、慧鶴は和尚の元で悟りを完成させた。しかし、それで満足することは決して無く、悟後の修行に重きを置いて生涯に三十六回の悟りを開いたと言われる。

 その後も、慧鶴は悟後の修行の重要性を説いてまわり、「大悟十八度、小悟数知らず」という言葉に代表される求道精神は現代までも伝わっている。

 

 

 

参考文献 http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3050.html

  

 

□高城由良

九州地方在中。趣味で九州北部の戦国史を勉強しているフリーランスです。

 

 

「みんなの社会科 創作小説部」についてはコチラ

みんなの社会科 創作小説部 バナー

小説家・ライターさんを募集中!