白紙の勧進帳

高城由良


 

加賀国、安宅の関。

 関守である富樫左衛門の元に、ある一行が訪れた。この関は奥州へ続く道でもある。先日平氏討伐に成功した源頼朝より加賀国の守護を仰せつかった富樫にとって、この関守も大事な任務のひとつである。

 実は最近、頼朝公の弟君が兄の怒りを買って逃げているのだという話が流布している。富樫のところにも、先ほど、弟君である源義経が山伏の姿で逃げているという情報が入ってきたばかりだ。その話を聞いてから、富樫は関所の警備を強化していた。

 それでもこの関所を通りたがる人間はやってくる。この日も何人もの人間がこの安宅の関をくぐっていった。ふと、関所にやってきた一行が富樫の目に留まる。一行は山伏の一行のようであった。

 

山伏一行の1人

 

「そこの者。しばしよろしいか。その方らは山伏であるか」

 富樫がそう問うと、山伏の一行の中でもとりわけ大柄な男が前に出て頷く。

「いかにも。我らは東大寺修復のため、その寄付を乞うて勧進をしている山伏の一団である」

「ふむ、なるほど。しかし、今は事情が事情でな。山伏を通してはならぬという達しが出ておるのだ」

 答えた山伏に、富樫はそう伝えると、何やら一行が相談を始めたようだった。いずれも、あまり顔を見せず、それが怪しいと富樫は思っていた。

 何よりも、前に出てきた大柄な男。あれほど大柄な男はそうそういない。彼こそが武蔵坊弁慶ではないだろうか。となれば、その後ろにいる小柄な男は源義経その人なのでは。見れば見るほど、富樫の中で確信めいたものが湧いてくる。

 その時、また大柄な男が動いた。

「やはり我々はこの先に向かわねばならぬ。どうか通してはもらえぬか」

「なるほど。勧進をしておるというならば、勧進帳を持っているであろう。それを今ここで読み上げてみよ」

 富樫はこの大柄な男が弁慶だと確信していた。ならば、もちろん勧進帳など持っているわけがない。しかし、真偽を確かめるために提案した勧進帳の読み上げに、男はなんと懐の巻物を取り出して読み始めたのである。

 確かに弁慶のはずなのだ。しかし、この男は自分の問いに間髪入れずに勧進帳の読み上げを始めた。富樫の目が鋭く光る。あの巻物が勧進帳であるという確信はない。白紙の巻物であるかもしれないのだ。

「ふむ。確かに勧進帳のようだな。では、次に質問である。山伏の心得を答えてみよ。山伏ならば当然答えられるはずであろう」

「あいわかった」

 ならば、と富樫は別の質問をする。しかしこれにも男はすらすらと答え始めたのである。これには富樫も感心した。この男はやはり武蔵坊弁慶に違いない。だが、なんと堂々とした振る舞いであろうか。

 確かに、この時に少しでも動揺すれば、関守である自分は振る舞いも疑ったもので一行に接していただろう。弁慶は己の主を守るために、動揺を見せること無く振舞っているのだ。

 この弁慶の振る舞いに、富樫は心を揺さぶられた。この一行を手助けしたいという気持ちが湧いてくる。

 しかし、ここで富樫の部下のひとりが富樫へと近づいてきた。何事か、と富樫も部下に近寄ると、部下は富樫に耳打ちをする。

「お奉行様、もしやとは思いますが、あの小柄な男は源義経ではござりませぬか」

 自分以外が気づいてしまったのであれば、もはやおめおめと、ここを通すわけにもいかない。自分の問に答えた大柄な男に、富樫は鋭い目を向け再び問うた。

「そこの小柄な男は、もしや源義経殿ではないか」

 瞬間、ほんの刹那の間、何やら空気が緊張した気がした。富樫はとっさに視線だけで先程の部下の様子を見るが、部下はこの緊張に気づいている様子ではない。一行の出方を窺うべく視線を戻すと、例の大柄な男は自分の持っている金剛杖で小柄な男を殴りつける。

 見ているこっちが痛くなりそうなほど、男は思い切り殴りつけていた。

「これ、お前が愚図であるからこのように怪しまれるのだ」

 数度打ちつける様子は痛々しかったが、しかし、これも弁慶が主を思ってしていることなのだと富樫は感じた。その上、主の義経はこれに何の声も上げずに耐えている。これは、弁慶がこの場をうまくやり過ごすと信頼してこそのことなのだと、富樫の心に再び感動にも似た気持ちが湧いてきた。

 進言してきた部下は目の前の光景に驚き、もはや疑うことを忘れているようだ。富樫は、この一行を通してしまおうと心に決めた。

「もう良い。しかと、勧進に努めよ」

 一行が関をくぐって行くのを、富樫はしっかりと目に焼き付けていた。

 しばらくして、富樫は関を部下に任せて一行を追う。富樫は弁慶にひとこと詫たかったのだ。必死に追いかけて、やっと一行の背中が見えてきた。一行も富樫の気配に気づいてか、しばし足を止めて富樫の方を見ていた。

「あなた方が山伏でないことは分かっている。ただ、詫びをしに来た」

 富樫の言葉に、またもや大柄な男が前に出る。富樫はさらに言葉を続けた。

「先程は大変失礼をした。どうかこれを」

 富樫が持ってきていたのは酒だった。一行に酒を進めて回ると、一行との間に、何か絆のようなものが生まれた気がする。男は酒の礼だと言って富樫の前で舞を舞った。その舞に紛れて一行が道の先へと消えていく。

 舞を終えた男は、もう一度富樫に礼を言うかのように目礼をして、同じく道の先へと消えていった。

 

 

 

参考文献 http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3122.html

 

 

□高城由良

九州地方在中。趣味で九州北部の戦国史を勉強しているフリーランスです。

 

 

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