ブラック企業に潰されない社会にするには:電通過労死事件を追った

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雇用

 

日本を代表する大手広告会社、電通。

 

この企業の新人社員、高橋まつりさんが、長時間労働とパワハラを背景に、自殺してしまう事件がおきました。

不幸中の幸いで、親御さんが労災認定に尽力し、ついに労災認定されることになりました。こうした経緯がニュース報道されています。

 

なぜこのような事件が跡を絶たないのか、どうすればこうした悲劇を防げるのか。

 

そのことを考えるためには、高橋さんが勤務していた電通の企業風土、つまりエリートの世界、それを生み出した教育制度、日本の慣習などの視点から議論することが大切です。

 

ブラック企業の問題は、電通のような大企業だけの問題ではありません。しかし、電通というエリート集団は日本の企業風土の特徴を大きく反映していますので、中小のブラック企業の問題を考えるうえでもとても参考になるはずです。

 

また、ブラック企業の不祥事が問題視されている昨今において、会社の安全管理義務について改めて考えることも重要です。

 

以上を視座に、この問題について考えてみましょう。

 

どのような事件だったか?

電通に入社したばかりの女性社員、高橋まつりさん24歳が、長時間労働を苦に自殺しました。

 

パワハラが引き金だったのではないかとも言われています。

労災は長時間労働と自殺との因果関係を認めています。

 

20151225日に投身自殺で亡くなった高橋さん。

労災で認められた残業時間は、2015年の10月には残業時間が130時間、11月は99時間です。

もちろんこれは、労災で認められた時間に過ぎません。もっと長時間の労働があった可能性もあります。

 

若い女性の自殺、電通という大手企業というニュース性もあって、ネットでは話題になっています。

しかし、こうした事件は氷山の一角です。

日本の自殺者の数は3万人とも言われていますし、これらの中には30代以降の男性もたくさんいることでしょう。

 

しかし、中年男性の自殺はニュースになりませんよね。それだけ自殺者がいるということは見過ごされています。

 

今回の事件は、たまたまニュース性があったために表に出ているだけでしょう。類似の事件がたくさんあるということを忘れてはなりません。

 

残業時間100時間は当たり前という日本の風潮

「残業時間100時間で自殺は甘い」というネットの意見が散見します。

たしかに100時間以上の残業をしている方は多いことでしょう。それで自殺とは甘い、というわけです。

 

しかし、単純に残業時間だけで考えてはいけません。

高橋さんのツイッターには、

 

4時、5時に帰宅。睡眠時間が2時間。120時間も会社にいる。

 

など、過酷な労働が伺えるつぶやきがあります。

 

そのうえよく土日も勤務することがあり、精神が休まる時間がなかったようです。

さらには、上司からパワハラも受けていたようです。

 

エリートの悲劇

まずこのテーマに取り組むまえに強調しておかなければなりませんが、高橋まつりさんは、この自殺に関して責めを負うことは一切ありません。

 

とはいえ、「なぜ自殺する前に転職すればよいことが分からないのか」という意見もネット上で散見されます。

たしかに、冷静な判断力があれば、死ぬことよりも転職を選ぶことのほうが合理的です。

 

東大を卒業していながら、なぜそのような合理的な判断ができなくなってしまっているのか。

ひとつの原因としては、うつ病など精神状態がよくなかったために冷静な判断力を失っていたということが考えられます。

 

しかし、ふつうはうつ病になった場合には、むしろ会社を無断欠席するなどの行動パターンが見られるはずです。

ところがぎりぎりまで高橋さんは自分を追い込み会社に通い続けた。

 

これは、はたから見るとあまりに不合理な行動とも言えます。

そこには、やはりなんらかの問題点があると考えなければなりません。

 

「東大卒なのになぜそんなことが分からないのか」、と考えるのではなく、逆に、東大卒だからこそそうした状況に陥ってしまうと考えなければなりません。

 

日本のエリートの特徴

日本のエリートがどのように生み出されているか、少し考えてみましょう。

アメリカと比較すると、日本の問題点が浮かび上がってきます。

 

アメリカにある、最高学府の中の最高学府といえば、ハーバード大学です。

ハーバード大学は、アメリカを代表する大学であるというだけでなく、世界の学問研究を先導する大学です。

 

ハーバード大学では、新入生の受け入れをAO入試のような形で決めています。

むしろこうしたアメリカ流の入試を真似したものが、AO入試です。

 

つまり、学校の成績も大切ですが、それだけでなくその学生の人間性や可能性を総合的に判断して入学させるかどうかを決定します。

こういう制度のもとで、世界中の天才たちが能力を磨いていきます。

 

ところが東京大学の場合はどうでしょうか。画一的なセンター入試だけがものを言う世界です。

筆記試験で高い点数を取る学生だけが入学することができます。

ハーバード大学では成績はたしかに重要ですが、筆記試験のみで生徒を判断するということはまずありません。

 

このような日本の制度のもとではせいぜい、与えられた回答を答えるだけのスペシャリストが育つだけです。

もちろん、筆記試験の成績と学問の才能にはある程度相関がありますが、努力に努力を重ねて勉強してきた超真面目な秀才が東京大学に入学することが多いのは確かでしょう。

 

実際、東京大学にかぎらず、たとえば博士後期課程に進むようなエリートになると、真面目にコツコツ勉強する超真面目な人が多い印象があります。

 

ハードワークに憧れるエリート

しばしば、高学歴のエリートはハードな仕事に就職することを夢見ます。

広告代理店がハードワークであることは、高橋さんもあらかじめ分かっていたようです。

 

しかし、努力家のエリートは、そんなことではへこたれません。むしろ、ハードな仕事に就きたいとすら考えるのです。

 

コンサル、証券会社、総合商社といったハードな職業に憧れるエリート学生は多く存在します。

こういうエリートたちは、学生時代から「おれ、今日睡眠時間2時間」とか「今日は2徹目、でも余裕」などと睡眠時間の少なさを“自慢”しあったりすることもあるでしょう。目の下にはクマができていても、へっちゃら感を演出しています。

私の周りにも、とくにコンサル志望のハードワークへの憧れを抱く学生に、そういう人たちが多かったですね。

 

こういう思考回路になっていますので、電通での仕事がきついからといって、投げ出すことができません。

むしろ、仕事のハードさについていけない自分が悪いのだとさえ考えてしまいます。

そこで転職などという考え方は出てきません。転職は、逃げと負けを意味します。

 

逃げずに勉強しつづけて国立大学に入って卒業したエリートは、それだけに真面目な人が多い。

また、転職するのはハードワークをこなせない自分が悪い、しかしそれはエリートとして育った自分のプライドが許さない。

転職すれば、三流大学の新入社員と同じスタートラインに立ってしまう。そんなことになれば、東京大学に入学するためにコツコツ真面目に努力した年月を否定してしまうことになる。

 

エリートにとってステップアップ以外の転職は、負け・逃げというエリートとしての自分の人生を否定する、あってはならない事態なのです。

 

以下は高橋さんのツイートです。

 

ツイート「その仕事に憧れていた分だけ、成長への義務感と無力感と疲労感、周囲からの期待、いろんなものでごちゃごちゃになって辛いですよね。」

 

このように、義務感や期待といった周りからの目が、判断基準となってしまっているのです。

ドロップアウトのような形での転職は、最初から頭になかったのだと思います。

 

たとえば他にも、仕事は「一生続けねばならないもの」という考え方に陥ってしまっていることを思わせるツイートがありまうs.

 

ツイート「就活してる学生に伝えたいこととは、仕事は楽しい遊びやバイトと違って一生続く「労働」であり、合わなかった場合は精神や体力が毎日磨耗していく可能性があるということ。。」

 

つまり、合わなかった場合には職場環境を変えるのではなく、「耐え続ける」というマインドになってしまっているのです。

 

過労死ラインは80時間

労災が認められやすい月あたりの残業時間は、80時間とも言われています。これは、絶対的な数字ではありませんが、おおよその目安としてそう言われています。

月に20日働いている場合には、1日あたり4時間の残業です。

 

100時間となると、1日の残業が5時間になります。このラインまでくると、長時間労働と健康障害との因果関係が認められやすくなります。

 

エリートにとって、長時間勤務は当たり前の世界です。新入社員にかぎりませんが、こうしたエリートが働き過ぎでうつ病を患う、自殺にまで追い込まれることはよくあります。

 

日本にはびこる、長時間労働を評価する風潮

日本には残念ながら、長時間労働をよしとする慣習がはびこっています。

海外であれば、仕事は仕事と割りきって早く帰宅しますし、バケーションも長めにとります。

しかし日本では、それはよしとされない風潮があります。

 

あまり仕事をしていない社員であっても、長時間会社に居座っていれば評価される、ということはよくあることです。

 

たとえば大学院でも、留学生は夕方17時、18時には帰り、日本人学生は0時まで残っているという風景をよく見ます。

 

長時間ダラけてでも組織に居続けることが評価軸になってしまっているという問題があるのです。

 

安全配慮義務があることを忘れてはならない

このような長時間労働は、社員の健康をおびやかす危険があります。

 

雇い主には、安全配慮義務があります。賃金を支払うという義務だけでなく、労働契約を結んだ以上、従業員の生命や健康を危険から守るよう配慮する義務があるのです。

 

ところが、こうした義務があることを意識している雇い主、監督者は少ないのが現状です。

 

高橋さんにパワハラをしていた上司、長時間労働を放置していた上司も、おそらくは高学歴のエリートだったのでしょう。

こうした上司たちは、安全配慮義務があるということを理解できていなかったのではないでしょうか。

 

法律を専門に勉強した学生でない限り、そうした義務があることは大学で習いません。

体育会系の上下関係の厳しい企業風土のもとでは、部下が社畜として働くのを当然だと考えてしまうのでしょう。

 

また、長時間労働だけでなく、パワハラによる精神的な被害も、労災の対象であることを忘れてはいけません。

 

高橋さんのこんなつぶやきがあります。

 

ツイート「部長「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」「会議中に眠そうな顔をするのは管理ができていない」「髪ボサボサ、目が充血したまま出勤するな」「今の業務量で辛いのはキャパがなさすぎる」 わたし「充血もだめなの?」」

 

このツイートの内容が本当であれば、部長からパワハラを受けていた可能性は高いでしょう。

 

また、日本は、体育会系が就活で重宝されるという独特の文化があります。

それはひとつには、職場での厳しい上下関係を維持するためです。

高橋さんの次のツイートが、電通の体育会系の体質を物語っています。

 

ツイート「なんで体育会系人材が引っ張りだこなのか分かった。。「自主練」も「しごき」も「ベンチに入れない」ことも大丈夫だからだよね。だけど、これが仕事となるとまた別で、エセ体育会系人間は潰れてナチュラルボーン体育会系人間は生き残っていく。」

 

このように、大企業であっても、しごきは当たり前の世界になっているのです。

そして、次は高橋さんの最後のツイートです。

 

ツイート「男性上司から女子力がないだのなんだのと言われるの、笑いを取るためのいじりだとしても我慢の限界である。 おじさんが禿げても男子力がないと言われないのずるいよね。鬱だ〜。」

 

このパワハラを伺わせるつぶやきが1220日。その5日後に高橋さんは亡くなりました。

 

大企業の病的とも言える体育会系の社風。そのなかで安全配慮義務に違反した、部下の人権を無視する上司の言動。

これが、長時間労働で疲弊する新入社員に最後の一撃を加えてしまった。

そのように考えざるを得ないのです。

 

まとめ

今回の事件は、たまたま表沙汰になった氷山の一角です。

エリートたちは、転職もできずにブラック企業で戦い続け、耐えられない場合には死さえも選ぶほどに追い込まれていきます。

 

死よりも転職や休職を選べばよいのに、という考え方は当然ありますが、そうした考え方ができないように育っているのがエリートのサガなのです。

むしろ、そうした真面目な性格だからこそ、エリートとしてこれまで勝ち抜いたのです。

 

また、長時間労働やパワハラが問題視されない現在の日本社会の風潮には、大きな問題があります。

監督者には安全配慮義務があるということ、それを怠ることがどれだけ社会に害をもたらしているのか、大いに反省する必要があります。

 

 

 

satoru

政治経済を研究しながら、社会問題について執筆するライター。大阪大学大学院卒。工学博士。