大麻取締法ができた経緯を知ることが日本の大麻政策の未来を語る上では欠かせない。GHQにより突然禁止された大麻

斉藤みちる


大麻草

 

日本の大麻政策の未来について語るなら、終戦後の1948年に制定された大麻取締法のできた経緯を知る必要があるでしょう。

 

まことしやかに大麻取締法はGHQの指示の下につくられたと言われていますが、私自身、日本の担当者が、米国GHQにゴマを摺って自ら言いだしたのでは?という思いがありました。

 

しかし、矢部 武さんの『大麻解禁の真実』を読み、考えを改める必要があるかもと思うようになりました。

 

同書の中の「GHQによって突如禁止された大麻」という項が明解です。

 

 大麻取締法は、終戦後の1948年に米国占領軍GHQの指示で制定された。じつは、それまで、大麻の栽培・所持・使用などを禁止する法律は日本に存在しなかった。だから、農家などは自由に大麻を栽培してきた。

 戦前の日本では、産業用途としての大麻が全国的に広く栽培されていた。大麻は非常に使い道が広い農作物で、葉の部分からは麻繊維が取れ、芯の部分は建築材料に使え、実からは油も取れた。また、燃料としても薬としても用いられた。しかも大麻は成長が非常に早く、害虫にも強く、栽培の手間がかからないこともあって、農家では重宝されたそうだ。そのため、大麻は「紅花」「藍」と並び「三草」に数えられていたほどだった。

 その大麻をいきなり、GHQが禁止してきたのである。(大麻解禁の真実 矢部武著 P95による)

 

『時の法令』財務省印刷局編 1965年4月 通号530号には、当時、内閣法制局長を務めていた林修三氏の言葉があります。

 

「終戦後、わが国が占領下に置かれている当時、占領軍当局の指示で、大麻の栽培を制限するための法律を作れといわれたときは、私どもは、正直のところ異様な感じを受けたのである。先方は、黒人の兵隊などが大麻から作った麻薬を好むので、ということであったが、私どもは、なにかのまちがいではないかとすら思ったものである。大麻の「麻」と麻薬の「麻」がたまたま同じ字なのでまちがえられたのかも知れないなどというじょうだんまで飛ばしていたのである。私たち素人がそう思ったばかりでなく、厚生省の当局者も、わが国の大麻は、従来から国際的に麻薬植物扱いされていたインド大麻とは毒性がちがうといって、その必要性にやや首をかしげていたようである」

 

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大麻の医療面、産業面での有用性や可能性を活かせるよう、日本が変わっていくことを祈ります。

 

 

 

 斉藤みちる プロフィール

社会活動家/「みんなの社会科」管理人

その傍らオラクルカードを中心とした占いもしております。ヒット記事『陸上自衛隊レンジャー訓練』。福祉力検定3級。

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